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千葉地方裁判所 平成4年(わ)1280号 判決

主文

被告人A子及び被告人B子を懲役六年にそれぞれ処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一八〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人A子は、タイ王国で生れ育ち、日本で働いて多額の収入を得る目的で平成四年五月三一日に来日し、その後すぐに、売春婦を周旋紹介するブローカーによつて、C子(シンガポール国籍、以下「ママ」ともいう。)のもとに引き渡され、同女が経営する千葉県茂原市のスナック「甲野」に行き、既に同店で働いていた数名のタイ人ホステスらとともに、同店の二階に住み込んでホステス兼売春婦として働くようになつた。

被告人B子も同様に、タイ王国で生れ育ち、同年八月二二日に来日して、そのころ、被告人A子同様にホステス兼売春婦としてスナック「甲野」で、同店の二階に住み込んで働くようになつた。

被告人B子が働くようになつて、同店に働くホステス兼売春婦(いずれも住み込み)は、同年四月から六月にかけて店に入つたいずれもタイ王国出身の、分離前の相被告人D子、E子、F子及びG子と被告人両名の六名となつた。ところで、被告人両名を含む右ホステスらは、いずれも「甲野」に入つた時点でママに三八〇万円の借金があるとされ、売春の対価としてホステスらの取り分となる全額をその返済の名目でママに納め、その借金の全額を返済してはじめて自由の身となり、同店を出ることができるとされていた。

こうして被告人らホステスは早く借金を返し、自由の身となることを期待して働いていたが、ママは、右ホステスらに対して、売春の客に対しては長時間のサービスを厳しく要求し、朝は早くからママの家の家事等の手伝いや身の回りの世話をさせ、その結果として十分な睡眠を与えず、またホステスらが太ることを恐れて食事は一日に一回しか与えず、加えて、同店出入口に鍵や、ビデオカメラを設置するなどしてホステスたちの行動を監視したり、外出を制限したりしていたため、同女らは、次第にママに対する不満、反感を募らせることとなつた。さらにママはホステスらの些細な失敗や気に入らない挙動に対して五〇〇〇円とか五万円とかの罰金を科し、これを返済すべき借金の額に加算していつたため、ホステスらはいつ借金が返済できるかわからないと考え、このまま「甲野」で働き続けることに強い不安を覚えるとともに健康に対する危惧をも感じるようになつた。こうしてホステスらは次第に同店から逃げ出したいと考えるようになつたが、ママから、「逃走すればヤクザに追いかけさせる。」などと言われていたうえ、地理や不案内なこと等から、逃げおおせることは容易ではないと思い詰めて考えていた。

こうした状況にあつて、同年八月下旬ないし九月上旬ころ、E子が、他のホステスにママを殺して逃げようと提案したことから、後わずかで借金が完済になるためこれに反対したG子以外の五名の間で、以後、しばしばママを殺す話がなされるようになつた。来日して間もない被告人B子も「甲野」での生活を体験し、右のような話に加わる中で、他のホステスと同様、ママに不満や反感を抱くとともに、自分の将来に不安を抱くようになり、被告人両名は、他のホステスと一緒にママを殺害する意思を次第に固めていつた。その後、被告人ら五名のホステスは、ママ殺害の計画に加わらなければ一人だけ取り残されることになるかもしれないという不安も加わり、ママを一緒に殺害することの意思を固め、その際の役割分担についても相談をした。

同年九月二一日に、ママ殺害に反対していたG子が借金を返し終わつて「甲野」を出たため、被告人ら五名のホステスは、同月二五日、ママの殺害を実行しようと企てたが、たまたま客が来店したため、実行するまでには至らなかつた。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、前記の経緯でD子、E子及びF子とともに、C子(当時四四歳)を殺害して「甲野」から逃げ出すことをかねて考えていたところ、平成四年九月二六日、当日はたまたまC子の内縁の夫が外出する予定で同店にいないことを知り、同日午後、千葉県茂原市《番地略》所在の右「甲野」の二階において、E子が、「今日はパパがいないのでママを殺そう。」と言つたことに対し、被告人両名とD子、F子がこれに賛同し、E子がC子のマッサージをしながら実行の合図をすることと首を締めること、被告人B子あるいは被告人A子がC子を殴り、あるいはナイフで刺すこと、F子が足を押さえること、D子が店の灯りを消すことのかねてから話し合つていた役割分担を確認し、ここに被告人両名、D子、E子及びF子の五名の間にC子を殺害する旨の共謀が成立した。

そして、午後八時三〇分ころ、被告人両名ら五名の者は、右共謀に基づき、同店一階において、E子がC子のマッサージをしながら同女を殺害することの合図をし、その合図に従つて、被告人B子が焼酎のビンでC子の頭部を殴打し、D子が同店の灯りを消し、次いでE子及びF子においてこもごもC子の首を手で締めたり、腕を引つ張るなどし、被告人A子においてその足を押えるなどしてC子をテーブルの上に押え付けた上、被告人A子が果物ナイフ(刃体の長さ約九・五五センチメートル、平成五年押第三二号の5)でC子の左胸部を突き刺し、被告人B子が洋包丁(刃体の長さ約一七センチメートル、同号の6)でその腹部を数回刺し、さらに、E子がB子から受け取つた右洋包丁でその頚部を突き刺すなどし、よつて、そのころ、同所において、C子を前頚部刺切創(左総頚動脈切断)により失血死させて、同女を殺害したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人両名の判示所為はいずれも刑法六〇条、一九九条に該当するので、各所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、その各所定刑期の範囲内で、被告人両名を懲役六年にそれぞれ処し、同法二一条を適用して被告人両名に対し未決勾留日数中各一八〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件犯行の態様は、D子が店の電気を消して客が来店しないようにした上、他の四人が相次いで被害者に襲いかかり、その頭部を焼酎ビンで強打し、抵抗する被害者を押さえつけて、刃体の長さ約一七センチメートルの洋包丁など複数の刃物を用いてこもごも被害者の胸部及び腹部等を多数回にわたつて突き刺し、最後に止めを刺すため頚部を突き刺し、そのあげく胸に果物ナイフを突き刺したまま遺体を放置して逃走したというもので、被害者の遺体には全身に多数の傷痕が残され、惨状を呈しており、本件犯行は非常に執拗かつ残虐なものである。

また、犯行を敢行するに当たつて、被告人らは、犯行の約一か月前から被害者を殺すことを何度も話題にしながら、徐々に殺人の意思を固めていき、殺害の際の役割分担や犯行後の行動についても詳しく打ち合せをし、犯行直前にはあらためて謀議をし、それぞれの役割を確認しているのであつて、本件は計画性の高い犯行である。

そして、被害者を死亡させた結果が重大であることは言うまでもなく、しかも、被告人らは遺族に対して何らの慰謝の措置も講じておらず、遺族の被害感情は厳しいものがある。

加えて、本件犯行にあつて、被告人両名はいずれも当初から謀議に参加し、被告人A子は被害者を押えつけるのに手を貸して殺害を容易にし、また自ら果物ナイフを用いて胸部を突き刺すなどし、同B子は被害者の頭部を焼酎のビンで殴打して先制攻撃を加え、次いで洋包丁を用いて腹部を突き刺すなどし、いずれも被害者を殺害するための積極的役割を果している。

以上の事情を総合すると、被告人両名の刑事責任はいずれも重大である。

一方、被害者は、判示のとおり、被告人らホステスに売春客に対する長時間のサービスを要求し、売春以外の時間には家事の手伝い等をさせていたばかりか、十分な食事や睡眠をとらせなかつたり、日常の行動を監視して外出を制限したりするなど苛酷な扱いをしていたものであり、被告人らが被害者に対して次第に不満、反感を募らせて行き、ついに強い憎しみの感情を抱くに至つた原因については、被害者にも相当の責任がある。

また、被告人らは、早く多額の借金を返済し、店を出ることを期待していたのに、いかにも気ままに罰金を科され、このままの状況が続けば、何時このような生活から解放されるか見当がつかず、他方、逃げ出すことも容易ではないと感じていたため、自分たちの将来に強い不安感を抱いて、精神的に追い詰められた状況にあつたことも否定できない。

こうした状況にあつて、被告人らが殺意を固めていくに当たつては、被告人らが数人だけの閉ざされた世界で共同生活を送つていたため、被害者に対する不満や将来の不安を皆で話し合いながら互いに被害者への殺意を高めあい、また各被告人らが一人反対の意見を述べるならば、地理に不案内で知人もほとんどいない土地に取り残されることになることを恐れて互いに殺意を確認しあつていつたという面がある。

結局、被告人らが被害者の殺害という極端な行為に出たことはいかにも短絡的であつたといわざるを得ないが、それに至るまでの被告人らが置かれていた境遇や精神状態については同情の余地がある。

その他、被告人両名は、法律上の自首には当らないが、友人に付き添われて自ら警察に出頭し、捜査段階当初から素直に事実を認め、本件を深く反省していること、前科前歴がないことなどの有利な事情も認めることができる。

以上のとおりであつて、尊い人命を数人がかりで無惨に奪つた被告人両名の刑事責任は重大ではあるが、右のような被告人に有利な事情を斟酌し、主文のとおりの量刑としたものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北島佐一郎 裁判官 半田靖史 裁判官 鹿島秀樹)

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